清水気功の実践と考察

気功師・清水義久先生の清水気功の実践と考察を書いています。

清水気功 感情のエネルギーを作る 福寿海無量




2023年冬至からマントラ行で寝落ちするのを続けながら、よし新聞で公開された「福寿海無量」も練習します。

青空と白い雲が広がり太陽光をキラキラと反射させた鏡の様な大海原が金色や銀色に輝いてるイメージ映像から、書初めのように縦書きで福寿海無量と空間に刻まれて行くイメージ映像など、偶像崇拝を応用した神様ヒーリングと並行して練習しています。

縦書きの福寿海無量をイメージしようとしても視覚と連動していて大きくイメージすると「福寿海」までイメージできても残りの「無量」の二文字はぼやけていましたが、20日程で文字を縮小しなくてもイメージできるようになり、カフェラテに福寿海無量の波紋を入れると甘味と酸味が控えめになり、日本酒に入れると甘口になるようになりました。

よし新聞を読むと「コトバ+イメージ映像=感情が生まれる」とありますが、当初はまったく感情が喚起されず内光も明滅しない。思い入れが無いイメージ映像では感情が喚起されないのかと思い、好きな美文字でイメージ・・・次いで輝く大海原の映像をシュワシュワとした炭酸水の触覚を混ぜていくと「気持ちい」という体感が生まれ、ああ、好きでも嫌いでもないイメージ映像で感情を喚起しようとしていたんだと・・・・コトバ+映像によって抽象的な情報を五感を触発する情報に作り込んでいく。

山崎弁栄さんは、下駄で歩きながら米粒に名号や仏を描き、仏画が欲しいと頼まれると、結縁の切っ掛けとして、その場で15分ほどで書き上げたと記録されてますが、山崎弁栄さんの仏眼によって見えている目前の弥陀や観音をなぞり写すように一筆入魂して専用の本尊となり得る生きた仏画を描いたのではと・・・


よし新聞で公開された神様ヒーリングによるオーラによる接触をリアルに詳細にイメージしていくと、イメージの神様から温かいモノが流れ込んでくる感触が生じてくる。全体像を見るとおぼろげですが、ピンポイントに焦点を合わせると鮮明になる・・・全体像をイメージしても鮮明にして行き、触れるぐらいにリアルに・・・


鮮明にイメージ出来るようになって行くと脳内のイメージ映像を白紙に投影して、なぞって描けるようになってきます。鮮明にイメージ出来たと思っても、白紙にイメージ映像を投影してもピンボケで線が拾えないし、思い通りの線が描けず投影した映像からブレて行く。文字も汚文字で、絵も下手ですがイメージ映像を白紙に鮮明に投影して、なぞるように線が引けるようになると下手なにりそれらしく描けるようになります。


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よし新聞で、『観念』のお話で、「聖書は、ただの書物ではない。すべてのものを 征服する力を 持つ 生き物である。」と書かれてますが、二コラウス・クザーヌス『学識ある無知について』を読み解くにあたり聖書を併読し始めたばかりでシンクロを感じますが、聖書を読み出した切っ掛けは、ゴールデン・キーの隠された内なる扉を開く為に、憧れの第三者を内に住まわせる云々というもの。

聖書を持ち歩いたこともある山崎弁栄さんなら光明主義に類似した『学識ある無知』は、必読であろうと何度も挫折した『学識ある無知』を、聖書と併読して光明主義の哲学的理解の糧にと・・・無意識に、最初に憧れのモデルにしたのが風の谷のナウシカ。その影響で無関心だった植物や昆虫、民俗学が自然に好きになり、ヘタレた時の心の支えになり、運命の分岐点で「ナウシカならどう考えどう選択するだろう?」と考え一歩を踏み出す後押しをしてもらいました。2019年11月に発売された『ナウシカ考 風の谷の黙示録』も愛読書になっています。

で、憧れのモデル山崎弁栄さん。瞑想状態で称名念仏をしている時、喉と胸のチャクラの中間の後方、肉体上ではなく感覚的にアストラル体の一点に焦点を合わせると念仏が波紋の様に広がり肉体を飛び出て宇宙にまで広がるリアルな体験の背景に、「山崎弁栄さんのように称名念仏を唱えて見たい」という憧れがありました。ゴールデン・キーの内なる扉の開け方の解説を読んでいて、何か関連ありそうだなと思い至った。



清水気功 参考になった本ベスト4



清水義久さんの高次元気功を学んだといっても、学んだ年代や教室によって教えも技法も違い共有できないかもしれないが、日の丸理論の地と図がワンセットになった『地図=我。世界。我と世界の関係』の上に秘伝の技も成立しているという事だけは共通していると思う。プラスはプラスを集め、マイナスはマイナスを集める引き寄せの法則において、技法を成立させるには、技法にマッチした都合が良いポジティブな思考、哲学=都合が良い世界観が必要不可欠という黄金律がすべてに流れている。


清水義久さんの気功講座は、体系も広範囲をカバーしながら、同じテーマや連続講座でも切り口が変わり同じ話をしないのが特徴だったので、1度しか語られなかった秘伝秘技やエピソードは多分にあり、知らない技や知識も多いので、学び始めた当初は、清水気功の中ではポピュラーなEgボールとイメージ滝行の2つのみを集中的に練習し、清水義久さんの推薦図書をはじめ宗教系や引き寄せの法則などのスピリチュアル系、量子物理学系、宮沢賢治関連、民俗学系、心霊系、オカルト系なのど書籍を大量に購入して、それなりに参考になりましたが、練習のポイントやコツ、修練や実践で生じる疑問、必要な世界観の構築になる本となると絞られてしまい、本棚には厳選した300冊程度が収まっていて、その中から入れ替えながら枕元には、10冊程度置いてある中で、入れ替えをしない不動の4冊があります。体験を経て読み返す事で行間の意味が分かったり、スルーしていた文言の意味に注意が向く。




1位 『清水義久著 あなたは私、私はあなた 素晴らしき「気」の世界2』

最初から最後まで、他の追随を許さない清水気功の秘伝に満ちた背景(地)と技法(図)が凝縮。
清水義久さんの著作の中で最もバランスよく、必要となる哲学から秘伝まで網羅している。聞き書きの山崎佐弓さんの構成が秀逸で、著者本人の文章表現や構成より理解しやすい。


2位 『佐々木有一著 山崎弁栄 弥陀合一の念仏』

清水気功の練習、実践において効果を分ける重要なるポイントは、光明主義の念仏行の深化の階梯と同じであり実践の参考書となっている。本書だけでは、難解で懐疑的になりそうだが、清水気功の知識と伝授能力があると得難い奥義の秘伝書だと感じる。光明主義には清水気功と違い気の身体論が無い為、清水気功のように知識や体験が無いと『心の光化の度合い=百会チャクラの開発の度合い』などと置き換えて読めないと難解かもしれない。

三、念仏の進みと三十七菩提分法より抜粋。

「聖者のお筆になる有相の三昧仏を報身の如来と仰いで一心に念仏します。
(紙に描いた絵像→記憶の顕れ→美感→実感→平面でなく立体に→活きた如来さま)。
この念仏はいうまでもなく『念声是一(ねんしょうぜいつ)』の念仏です。
『端正無比の相好を御名を通して念おえよ』が、ポイントで、かくてこそ億念と称名は一体なり、
名体不離の念仏となり、心眼開け、啓示を受けることになります。」

光明主義の念仏行においても、清水気功と同様に、『我⇒両性具有の天使体⇒真我』という二段階変身の必要が説いてありつつも、清水気功の知識や、仏教哲学に精通していないと理解出来ずにスルーしやすいかもしれません。



3位 『マイケル・タルボット著 投影された宇宙 ホログラフィック・ユニヴァースへの招待』

アインシュタインの弟子がたどり着いた超常現象や仏教の華厳哲学が成立する原理に迫る量子物理学として、常識の壁を壊し、清水気功の背景を構築するオカルティストの世界観として最適。ひも宇宙理論や泡宇宙論よりも衝撃を受けてしまいました。


4位 『田中木叉著 日本の光 弁栄上人伝』

浄土真宗教団の秘伝として秘せられていた親鸞さんの晩年のお弟子さんの唯円さんが残した親鸞さんの生の言動録である『歎異抄:たんにしょう』を世に広めた浄土真宗の清沢満之さんの名前は、比較的有名だが、『法然上人の神髄』を読むまでは、精神主義、光明主義を提唱した清沢満之さんの同世代に無名ながら、釈迦の再来として慕われた浄土宗で光明主義を提唱した山崎弁栄さんの存在は知らなかった。明治時代の文明開化、霊術ブームで多くの偉大な哲学者、異能の人を輩出した幕末、明治、大正時代において、学により仏教にとどまらず古今東西の哲学と、行による悟り(神通力)の両輪を極め、世俗の垢にまみれずに弥陀の使者として清廉無私な弥陀合一の人生を歩んだ近代の仏陀の福音。遠い時代に生き神秘に満ちた神話にまみれた、お釈迦さまや法然さんの生の姿を山崎弁栄さんを通して見出すことができる。近代の神人と称されるヨガナンダ、ラーマクリシュナ、黒住宗忠らにも勝るとも劣らず。


清水気功 マントラ、称名念仏を波動エネルギーに変える



清水義久さんが、よし新聞で、神さまヒーリング、エネルギーボールについての初級の初級のお話を展開されていますが、参考になるテキストとしては、「佐々木有一『山崎弁栄 弥陀合一の念仏』」が、山崎弁栄さんの称名念仏による入我我入の深化の過程を解説してあるので超おススメです。弥陀の光明を熱望して称名念仏を熱心に唱え続けていても何も感じられず、ありがたくも感じられない苦しさについても触れられており、清水気功をやっていても何も感じられない、何にも現実が変わらない、状況が好転しない・・・という共通の課題があれば是非、一読してみてください。本書は、清水気功の知識無しに読むと難解ですが、清水気功の理論が背景にあると弥陀合一の念仏行は、清水気功の核心に触れる奥義秘伝書といえるぐらいの価値がある内容だと思います。
山崎弁栄 弥陀合一の念仏
佐々木 有一
春秋社
2019-01-26



清水気功を学んだオカルティストならば、理解できると思いますが、称名念仏は、日の丸理論の『図』であり、十二光仏=聖霊=如来光明礼拝儀が、日の丸理論の『地』であり、『地』の背景に『天』と『地』のふたつの背景があり、心の光化の程度に応じて、『穢土=現世』にいながら『穢土=浄土』に転換される。死んで浄土に『往生=転移』するのではないというのが山崎弁栄さんの教えですね。日蓮さんの穢土を浄土に変えるという白い蓮の花の教え(智慧と慈悲)、法華思想(ホログラフィック・ユニヴァース)も「南無阿弥陀仏」に集約される。弥陀大日は異名同体であるけれど妙観察智で、状況に応じた最適な諸仏に変化しなくても、弥陀には十二光仏という異名があるように四大智慧そのものである弥陀に合一した「南無阿弥陀仏」はオールマイティーであるという価値観=人生最大の奇跡は生きたまま仏に成る即身成仏という『存在の転換』にあり、『状況の転換』でしかない病気平癒や豊穣は小さすぎて煩悩を増幅させてしまう。『状況の転換』などは、頼まなくても弥陀が必要に応じて与えて下さるから心配する暇が有るなら一心に念仏しなさいという絶対安心=引き寄せの法則。

清水気功の視点で・・・山崎弁栄さんの教えによる背景である『地=世界観』の作り方は、『弥陀が見えず、感じられなくとも、目の前に居ると確信して、一目でも会いたいと恋焦がれて恋人の名前を呼ぶように一心に称名念仏を唱え続ける』弥陀に対しては、24時間、恋人の動向、嗜好、思考など全てを知りたい!自分のモノにしたいと願う執拗なストーカー気質とどこまでも一途な貞操が求められる。煩悩や不幸は、神仏(絶対ポジティブ)に意識を向ける切っ掛けであり、神仏に目覚めて現世を浄土に転化させて行く修行。特別に願わなくても人生に必要な衣食住(リラックス)は弥陀が与えて下さるから心配には及ばず。この世に弥陀合一以上の久遠のエクスタシーは無し。というのが山崎弁栄さんの世界観。山崎弁栄さんの称名念仏には、病気治癒の効果もあったらしくマジナイ坊主扱いされていたというエピソードも。


山崎弁栄さんの称名念仏は、感情を巻き込む観想念仏を復活させた三密加持の念仏ですが、清水気功流の念仏は、触覚が主で、イメージが従でないと、身体の変化を体感できないかもしれない。光明主義の流れを受け継ぐタオ指圧の遠藤喨及さんの検証では、神仏をイメージすることで、気の身体が大きくなるそうですが・・・清水気功のグッド・ルッキング=情報の転換なので省略。

マントラ行を、「我と世界」「我と神さま」のペアワークを「世界観」として、抑揚を付けず、話す様に行いつつ、自分の声を傾聴することで、脳内で記憶のマントラの響きが無意識にリフレインするぐらい繰り返していると百会や眉間がジンジンと反応してきます。口や舌を動かさず、内言でマントラを唱えられるようになるとマントラが波動エネルギーとなり、身体、心の変化を実感できるようになり、内光を観たりする。次の段階で、イメージを加えると視覚に触感が混じりだし、感情を誘発するようになる。視覚に混じった触覚によって平面な画像がリアルになる。すると、映像に感情移入して没頭し、テンションとリラックスを行ったり来たりして、瞑想状態の導入の切っ掛けになっていく。

リラックスに偏ると寝てしまい、テンションに偏ると瞑想状態に入っていけない。身体を動かさないことで最低限のテンションを保ちつつ、触感が伴うリアルな映像に没入していく。アストラル体が発動すると線香や花の匂いが発生するという体験を得ることで自覚出来るようになる。匂いは映像記憶=アストラル次元を喚起し浄化する。上位構造のメンタル体のコトバに、感情がフィールドバックされ程度に応じた力が宿った言霊となっていく。コトバが、時空に刻まれる文字=波動情報・・・気合いを込めた一筆入魂になる。

具体的には、『マントラ行を15分間行う』と宣言して開始する。Egボールを手に持ちながら、手に意識を集め、不動の状態でマントラ行を15分以上行う。15分以上行うことで、肉体に宿る、肉体を構成している個々の心たちとアクセス出来るようになり、セルフの思考に巻き込んでいく共生関係を形成する。始めた当初は、5分くらいで飽きが来て、集中力も切れ、あくびも連発し、継続することが苦痛になるが、苦痛を受け流して、気にせず15分間行う。マントラや祝詞、念仏によってEgボールの感触、圧力が変化するのを体感すると同時に、有言実行することで「やる気=メンタル体」を育てて行く。主に、百会と眉間のチャクラの感覚が開発されてくるが、仙骨チャクラの開発も望むなら立禅で行うと、足裏から熱流(血流)が仙骨に向かって上昇するようになる。

発声の音域の高低を変えたり、マントラの種類による違いをEgボールの触覚の変化で実感できるように成ったら、内言によるマントラ行に移行し、マントラを波動エネルギーに変換して、Egボールの変化を触覚で体感できるように練習する。この練習自体がプラスの引き寄せを発生させる。

イメージのマントラの振動、響きに、吐く息を利用して触感を混ぜて行き眉間のチャクラに触感が伴う波動エネルギーを集約していく。この時、いきんで息を吐くのではなく自然に肺の空気を鼻から吐き出して、ハートチャクラの念力をイメージの振動・無音の響きとして眉間に凝縮させて念力に方向性を付加して行く。脳に波動を満たしたり、体内の水分、リンパ液、血液に波紋を満たしたり、眉間に集めた波動を波紋として体外にピンポイントで放出して飲料水の味変えをしたり、意図したモノをエネルギーグッズにしたりして遊びながら実感を、肌感覚で体感するリアルに変えて腑に落ちるようにして行く。

思い込みと波紋疾走を区別する練習としては、手の平を見て、指や労宮に意識を集中して、意識の集中だけで指や労宮の感覚がどれだけ変化するか確認した後で、眉間から波紋を指や労宮に向けてピンポイントで出して、感覚の変化を感じてみる。波紋疾走の対象を物質レベルの指や労宮部分の血液を意識したり、指や労宮のアストラル体を意識するなど色々遊んでいるうちに感知能力が育ってくる。





清水気功 よし新聞2023年冬至編



最近のよし新聞は、このブログのテーマでもある「魔法使いの道=想像の具現化」の理解と深化と再現性の考察にリアルタイムで呼応するかのようにシンクロしたアンサーが語られており、ノートに書き写していました。

2016年12月から清水気功を学び始めた後学組の身としては「この辺りは、効果に関係ないから、詳しく説明する時間が無いからDVDを観て勉強してね」と省略されてDVDで勉強するものの同じテーマでも切り口が違うために、深掘りしたい内容に触れられてなかったり・・・核となる基礎の基礎が改めて解説されているので嬉しい限りです。テーマにそった効果に関与する条件設定をタイプの異なる個々が応用できるように説明するために脱線するかのように展開され漫談風の説明は印象に残りはするものの逆に混乱を招いて時間切れとなっていた。効果を左右する必要な条件設定は全部説明はしたから説明してない部分は好きなように改善、改悪してもよしというスタイルでした。よし新聞2023年冬至シリーズの記事は、私が冬至の種蒔きとして行った事とシンクロしすぎていて不思議・・・

冬至は前日からの除雪作業で忙殺され神社参拝も出来ず持国天さんの仏像を開眼法要しました。開眼法要した後、持国天さん=御本尊を持念仏にするために写真に撮りプリントしたものをラミネート加工したあと、脳裏に焼き付けるために写真の持国天さんを凝視しながらマントラ行20分。余談ですが、映像を脳裏に焼き付ける練習としてイメージ映像を白紙に投影してボールペンでなぞるように描いてみることで、アウトプットすることで写真記憶の精度がアップしていく。


目を閉じても持念仏の持国天さんを鮮明に映像化出来るように成ったら目を閉じて手が届かない少し先の空間=オーラの際(プライベート空間)を想像し、スクリーンに投影するかのように等身大の持国天さんの映像をイメージしながらのマントラ行。淡々と節を付けずにマントラを唱えて仏像の映像に没入していると匂い。触感(威光)を感じてくると、アズライトブルーの内光が目を開けていても見えるようになり、百会や眉間がジンジンと感応してくる。内光が見えた時、持念仏に全集中してイメージを鮮明にすると内光が持念仏と感応するトリガーとなるが・・・この時の心理状態は面白いマンガや小説に「夢中」になり没頭して我を忘れる状態・・・「夢中」になることで妄想にアストラル体が巻き込まれ感情が伴うようになり妄想がバーチャルリアリティーになっていく。


最近、感情が予兆となるのか引き寄せの法則なのか曖昧なものの「怒り」とかで「平気」が崩れるとハプニングの前触れかと感じている。数年ぶりに「怒り=激怒」がこみ上げたタイミングで能登半島地震が起こり、それ以来、ハプニングの予兆として「怒り」が生じるのに気付いた。ハプニングに出会っても、困った気分にはならないので軽挙妄動にならず(間違った選択、行為には妨害が入り訂正される)「不幸中の幸い」とばかりにラッキーが連鎖して結果的に最小限のハプニングに帰着する。

「怒り」がハプニングの予兆なら、内光が持念仏との感応のトリガーとなるとラッキーの予兆にもなる。それなら光明主義のように「光明を頂きたい」と念じながらマントラ行を行えば、「内なる巨人=素敵なワタシ」に目覚めて行けるのではないか?・・・この状態を山崎弁栄さんは弥陀を迎え入れるための器として己を祠にすると表現されていたし、光明主義の本旨も己を弥陀を向かい入れる聖なる器と化し、他者にも己を神を宿す神社と化す方法を共有するにある。光明主義は、救いを求める側から救いを共有する側にまわることで必要なものは求めずとも与えられ如来としての四大智慧に目覚めて行く。清水気功においては信仰は必要とせず、引き寄せの法則のドミノ倒しの1枚目として、信じてなくても「目の前に神さまいますよ」と考え、その神さまにお力をお借りしようと考え見立てて振る舞うことで宇宙原理=大疑念態=華厳世界である「情報と力」が発動される。


ゴールデン・キーの内なるキリストが眠る潜在意識の中にある内側からしか開かない開かずの隠し部屋の扉を開く方法が光明念仏であり如来光明礼拝儀だと・・・


内なるキリストとは何か?それは弥陀の無量寿の光であり、無量寿光にはカテゴリー、階層において作用が異なり、根源はひとつの光ですが、作用に応じた十二の名称があり、如来の四大智慧が弥陀の本体そのものであり、「第一義諦=宇宙の真理」でありながら、衆生に対しては慈悲をもって人に寄り添う人格神として真正面に佇み呼びかけられるのを待っている弥陀に「光明を頂きたい」と念じながら念仏を唱え続けることで眠れるキリスト(イエスさんではない)を共鳴させる。

お釈迦さんの四大智慧の働きが最高値レベル10で全開放=領域展開・華厳世界(ホログラフィック・ユニヴァース)で24時間フル活動状態(全宇宙・過去・現在・未来・並行世界の全情報を同時把握し理解している状態)の如来レベルだとすれば、レベル9の山崎弁栄さんの四大智慧の働きは状況に応じて華厳世界を発動させていた菩薩レベル。

清水気功を学び始めてから2年目の2018年・・・暗い部屋で音霊法を15分ほど行ってから光明念仏に移行し弥陀の顔のイメージ映像を目前に想像しながら、夢うつつで「光明を頂きたい」と念じつつ称名していると眩しくて目を閉じていられず目を開けると暗闇という後光体験・・・円相体験を得て・・・
光明主義は快楽主義ではないので神様ヒーリングに展開せず、如来の大光明(彼方から来る光)をエーテル体、アストラル体、メンタル体へと順次沁み込ませていく。

効果を分けるポイントはひとつ、目前に神さまがいると想定してマントラを唱える、それだけ。
これは肉眼で仏を見るというよりも、目には見えない神の音連れの気配を肌感覚でヒシヒシと感じる影向(ようごう)に近い。持国天さんによる神さまヒーリングの奇跡を初体験した時もこれだけで妄想と現実がシンクロしました。妄想空間の中で感情が浄化され執着が消え、叶わなくても平気だという透明感に包まれた時、妄想が現実に変わっていた。



清水気功 冬至に善き種を蒔く



2022年の冬至は音霊法に専念していましたが、2023年はドカ雪の除雪に忙殺されて予定していた参拝にも行けなかったので、真澄の鏡方式で持国天さんの仏像を開眼法要しました。

余談ですが、数十年通っている夢の中の本屋さんがあるのですが、初めて店長さんと会話し、持国天マントラの唱え方を修正してくれました。三途の川を超えた先にある夢の本屋さんの近くには寺院があるのですが、今回、久しぶりに訪ねると廃寺になっていて本尊が無く内外の壁もボロボロになっており、廃寺の石垣の下に住んでいるおばあさんに「あんた、本当に生きているんか」と呼びかけられ・・・という話の流れから店長さんが持国天さんを本尊とするためにとマントラの発音を修正してくれたという夢です。目覚めて持国天マントラを唱えると1回唱えただけで鮮やかなアズライトブルーの内光が点滅し百会がジンジンと反応。この感動を保存。

内光が見えたら信仰すると決めた神様、好きな神様をイメージすることでオーラに刻印されるようになる。それを繰り返していると内光がトリガーとなり作仏となる。内光が見えないなら音霊法か念仏行を行えば自然に見えるようになる。洗面器にお湯を入れて一気に頭にかけると光が見える時があるので、最初に白いラインで正方形の結界を張っておけば、内光体験を保存して利用できる。

内光が作仏となり、外部の光・・・弥陀の十二光・・・アーノクタラサンミャクサンボーダイの呼び水になる。手からエネルギーを出せない状態では、山崎弁栄さんの光明念仏が救済の近道だと腑に落ちる。その時、百会、眉間がジンジンと感応し、汗が菊花、線香の香りを放つ後光体験に会う。だから阿弥陀さんを信仰しなくても仏教の精髄である如来光明礼拝儀は手放せない。参考書として「河波昌『如来光明礼拝儀講座』」がある。


真澄の鏡は入力で使えば全てをコピーする能力になる・・・これって持国天さんの下座達観と同じ能力。その人が持つ玉(ぎょく)に感動し感化され種となって心に植え付けられ好奇心によって熟成されていく。

先日は、結界師としての能力値を占って山火賁プラス6点で、土性の守護神の加護による天運発動、仙骨チャクラの活性化と出ましたが、今回、Egボールのヒーリング値を占うと山地剝プラス6点で、ヒーリング系に突出と出ました。

ヒーリングに突出とは出たものの結界師値同様、天運系が強く、地運の現世利益が弱い、けれど、音霊法を継続する前は、期間を開けて数度占ってもEgボールのヒーリング値はプラス2点~3点で天運も地運も共に弱かった。

冬至に、持国天さんを開眼法要した種はどう育つだろう。


追記。
『よし新聞冬至』シリーズを読むと、シンクロしたような内容で感動しつつも、講座では遠回し、省略されて時間オーバーしてから駆け足で終わっていたその基本的な内容をもっと早く詳細に聞きたかったという思いが強いが、その部分を詳細に説いた講話録が山崎弁栄さんの『法然上人の神髄』であったわけですが、『日本の光 弁栄上人伝』の田中木叉さんの講演録が今月発売されました。



付録:『笹本戒浄上人 礼拝儀講話抄』『歓喜光第29号』『機関誌ひかり2023年10月号11月号』

田中木叉さんは、日本の光の中で山崎弁栄さんの貴重な言葉を残して下さっている。それは清水気功の神様遣いの重要な基本でもあり、神秘体験をすることで腑に落ちる事も多く『日本の光』は、山崎弁栄さんの人柄を伝えると共に入我我入の指南書にもなっている。


「見仏は目で見る相好に限らず、六識のいずれにも通ずる。感情的にも見仏あり。」

「如来と自分の心が一つになることを念仏三昧という。いま如来がおがめても、おがめなくとも一心に念じ、その実在を確信せよ。」

「念仏する時、もし如来様のお顔がはっきりとおもい浮ばねば、お月さまに目鼻をつけたようなものでもよいから、断えずお顔を心に浮かべているように。」


清水気功 好奇心が運を好転させる。



2023年の冬至は、12月22日です。良い1年にするために良い種をまくには最良の日です。
去年の冬至には運命の転換期という事もあり運命改善を意識して音霊法を行い半年以上継続しました。

音霊法を継続する前に、六爻占術で、結界師としての能力値を占ってマイナス10点からプラス10点中でスピリチュアル運はプラス3点。八畳ほどの結界を張れて持国天さんも呼べても能力値は3点。

先月ぐらいから瞑想も気功もしていない時に青い光が明滅して見えるようになり百会が感応することが増えてきたので、今月になって結界師の能力値を占うとプラス6点でした。地火明夷。太陽が地に沈み光が無い状態。守護神が付いていて天運が発動しているが、第一チャクラが目覚めつつあるものの暗在系で地運の援助がなく表面的には実感できない状態。

もし、現状のスピリチュアル運が、プラス9点とか10点とかだったら現状で頭打ちで伸びしろが無い事になります。現状で頭打ちでは、好奇心が満たされなくなる。情報にアクセスしてタイムリーな情報を引き寄せるのわ「願い」でも「祈り」でもなく好奇心の「問い」のみ。問いによって、引き寄せたタイムリー情報を台無しにするのは、「面倒臭い」という気分であり、引き寄せたタイムリーな情報とは、「事象に反応して欲求が生じる」というプロセスで「欲求」が生じる前の事前情報なので、今は都合が悪いとか、面倒臭いからと後回しにすると運命が分岐する絶妙なタイミングを逃してしまう。

3枚のコインを振る前に占いたい事を、場面を想像したあとに、無心でコインを振ると情報がコインに憑依する。想像しながらコインを振ると発信状態のままなので情報を跳ね返してしまい受信できない。コインに情報が憑依すると、知りたい事の天運と地運のエネルギー状態が五行の相生相剋で現れ、改善の余地があるのかダメなのか導き出される。結果に一喜一憂せずに、あの世の設計図である金型のエネルギー状態が五行で反映されると仮定すれば、清水気功のカテゴリになる。


占い結果に関係なくポジティブな問いを発するとポジティブな波動が引き寄せられる。
よく考えるとこれは、嫌なことが有った時に、紙を用意して破って捨てることで悪縁と縁を切る外応占い=シンクロニシティ占いの改善法と同じ原理かと思い至った。これは良い事があったときに紙を破るとダメになる外応という事でもある。ポジティブな問いを発するだけでポジティブな情報の波動が憑依して思考場に変わる。

六爻占術でコインを振って占った後、一服して意識を切り替えることなく続けて占ってもコインは直前の情報が憑依したままで正確な情報が取れない。たった数秒間だけ興味を持って考えた「問い」の情報がコインに憑依してしまうことを考えるとネガティブな問いを発するだけでもオーラが汚染されるともいえる。故に、同系統の断易、五行易は、「よく当たるが手を出すと不幸になる」と忌避されたのだろう。


ここで原点回帰になるが「問い」はすぐに反映されて、「願い」は反映されないというのは思い込みで、「今無いから願う」のだから「無い事」が反映されるともいえる。「願い」が無いことだと理解できると、「願い」は自身への「呪い」と解釈してもよく、似て異なる「祈り」は「祝福」と違いを明確にできる。

六爻占術と断易は似て異なるものとはいえ第一巻は10万円と高額な上に難解すぎて挫折しやすいのでアンチになった人もいますが、実際にトラさんが占った卦が問題として送られてくる通信教育と六爻占術無料サービスはコナン君の謎解きのように鮮やかで感動します。清水義久さんのDVDを買い漁る資金力が有るなら六爻占術テキストとトラさんセミナーDVDもコレクションに加えてもいいかも。

清水気功を学ぶと六爻占術のベーシックな改善法が十二支のアイテムを使った「解神」と分かり、情報をコインの代わりにEgボールに入れる事で気感の触覚で吉凶が判断できる事も分かるようになる。またネガティブな問いを発するとオーラに痕跡が残ることで汚染されて呪いとなるというのも理解できる。
六爻占術でも、あの世の設計図である金型の素材が傷んでダメになっていると改善できないと理解できる。また、六爻占術の卦には清水気功の日の丸理論で示される「我」「世界」「我と世界の関係性」が反映されているので上級者ほど視点を切り替えることで卦に隠されている詳細な情報を読み解くことができる。

六爻占術は超難解ですが一度身に付ければ一生遊べるので購入するなら冬至がおすすめですが、冬至に好奇心の種をまく何かを行うと運命が好転してきます。パワースポットに行ったり、音霊法を期間を決めて行うのもおすすめ。

2年前の冬至の日は、白山神社の山中にある御神木に会いに行き御神木をヒーリングしていると、バキバキバキ!と枝を目前に落として授けてくれました。正月飾りと一緒に御神木の枝を玄関に飾り、今も飾っています。


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プロフィール

慈雨

2016年12月、大和の清水気功セミナー(キリスト&wマリアセミナー)参加翌日、不思議体験を得て衝撃を受け世界観が一変し、イメージ滝行、音霊法の実践による神秘体験後に指のオーラがライトのように視えるように成ったり、大小様々な不思議体験を得て清水気功の神秘さの虜になり、実践研鑽中。

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